プロフィール

サイト運営者プロフィール

初めまして!中 コウキといいます!
当サイトに来ていただきありがとうございます。
ここではなぜここでは
仕事でも結果残した訳でも無く
人生での魅力的な何かがある訳でもない自分

これまでどんな経歴や背景で、
なぜWEBマーケティングを学ぼうと思ったのか
きっかけをお話ししていきます。

基本情報

名前:中 コウキ
年代:30代男性
職業:鍼灸師(会社員)
好きなこと:映画鑑賞、音楽鑑賞、イラスト作成、動画作成
好きな映画監督:小津安二郎、新海誠

 

幼少期~小学生時代

私は関西の田舎で大手保険会社に勤める父と自営業をしている母のもとに産まれました。

人当たりが良く出かけるたびに他の家族とすぐに仲良くなるほどの
コミュニケーション能力をもって育ちました。

海外旅行にもよく行っていたため裕福な家庭だったと今になって思います。

10歳のころ家を建て替え、キレイになった家と
初めての自分の部屋にテンションがあがっていました。

この頃から家族との距離感に悩むようになりました。

3歳上の姉が中学生になり反抗期に入ると
毎日0時以降に帰ってくるようになり
毎日のように両親とケンカするようになりました。

その結果、母親と姉のイライラのはけ口が自分に向き
姉には殴られ蹴られ母親には中学受験のこともあり
「もっと頑張れ」
とより厳しく当たられるようになりました。

この時期から自分も反抗期に入ることになり
他人との干渉がイヤになっていきました。

中学生~高校生:黒歴史と人間不信

地元の中学校が新聞沙汰になるくらい恐喝やいじめが激しく
そんなところはイヤだと私立の中学に入学を決意しました。

今では有名になった私立の中学校に入学することが出来ました。

学校の環境が悪いのがイヤだったにもかかわらず
自分の学年が曲者ぞろいだったのか

・休み時間には10種類以上のボールが飛び交う
・授業中には筋トレ器具を使って筋トレをし始める
・担当教員を辞めさせる

これはドラマか?
と思うくらい学級崩壊を起こすほど荒れてしまったのです。

いじめられたくない一心と強い人の憧れがあり
格闘技の部活に入りました。

才能がないとクラスメイトに言われ続け
ボコボコにされたり、からかう標的の1人になりました。

人のことがとても嫌いになり
本やゲームに逃げこむ様になりました。

中高一貫校だったため
自分の学年は高校も変わらずずっと荒れていました。

この頃から人と接するの仕事とか就きたくないなぁと感じ
当時の読んでいた本の影響もあり獣医を目指す様になりました。

現役の時に受かった有名な大学はありましたが
自分は獣医学科に行きたかっため
親に無理を行って浪人することに決めました。

親との約束で1年だけ浪人してもいいという制限のもと
勉強しましたが滑り止めの大学にしか受かりませんでした。

大学生~大学院時代:人生で一番の谷と恩師との出会い

高校の友達が2回生にいることもあり
デジタルアート・アニメーション学科に行くことに決めました。

まったく違う道で医療福祉の学部にも受かっていたこともあり
アニメーションなんて!と親も反対していました。

獣医に行けないなら楽な道がいいとここでも逃げていたのかもしれません。

勉強もしなくてもいいし課題も楽と聞いていました。
ですがまったくそんなことはなく

・3DCG
・2Dアニメーション
・音楽制作
・プロモーション制作
・キャラクターデザイン
・プログラミング
・色彩
・デッサン

etc…

やることが多いのと自分には全くの知らない世界で
課題が山積みになるくらいいっぱいいっぱいでした。

初めてするバイトも家が近いということから
プールのインストラクターを選び
生徒へのコメントや作業に追われる毎日でした。

2回生の夏
原付で事故を起こし医者には

“ここまでボロボロで検査もままならない。
もう少し時間が経つまで様子見したいけど
立てないということもあるから覚悟しておいて欲しい”

と宣告されました。

右ひざの骨折があったためギプスを巻いていました。
立ち上がろうとするだけで叫びたくなるほどの痛みがあり
食事もままならず1か月で10kg以上も痩せるほどのケガでした。

そこから回復したのはテレビでアカペラの番組をしていて
この人に会ってみたい。会うためには実力つけて、同じステージにあがれば会えるんだ!

と考え、立ち上がるためにリハビリを死ぬほどやりました。

この時期から自分の考えも少し変わっていて
人間不信だけど人に会うことは大事なこと
だと考えるようになりました。

3回生になり
ゼミに入ったことで後に恩師になる教授に出会います。

そのゼミはキャラクター研究室というゼミで
世の中の全てはキャラクターから出来ているという考え方のもと
シナリオ構成やプロの世界で挑戦するということを中心に活動させていただきました。

微々たるものですが
自分の描いたイラストでお金が入るようになったり
シナリオを書いて仲間ができたり
この世界でもいけるかもしれないと思っていました。

ですが周りの才能がすごすぎて
アニメーション会社やゲーム会社には行けない
と勝手に思っていました。

就職活動を意識し始める春ごろに事件が起こりました。
その日の記憶は今でも鮮明に覚えています。

2011.03.11

そうなんです。

東日本大震災です。

4回生になっても世の中は落ち着かず
周りが就職をしても底辺大学の生徒をとるような一般企業はありませんでした。

そんな中、自分は大学院に行って2年間学生を過ごせば
この情勢も不景気も落ち着くのかもしれない
と思って奨学金を使って1年半通いました。

大学院2回生の夏
世の中も少し落ち着き自分も就職活動を早く済ませて
院生を卒業するために修士制作に時間を作りたい気持ちで内定を急ぎ
インストラクター業に就きました。

すこしおかしいなと思いつつも入社前研修が9か月前から始まり
インストラクター経験もあったことから
自分だけほぼ社員と同じような形でカリキュラムが進みました。

修士制作どころではなくしかも制作のアイデアも出てこない。

そんな日々を過ごしていたある日教授から

「院生やめてもいいんだよ。
内定も決まってるしこのままだとどっちつかずになる。
院も卒業できなくて内定も取り消しになったら元も子もない」

と言われ
内定をもらった企業様からも途中入社の許しを得て
新社会人となりました。

新社会人:身体がいう事を聞かない

そこから地獄の始まりでした。

朝5時に起き
7時出社し
23時の終電で帰って
1時に家に帰ってくる

という日々を過ごすことになりました。

平日の2日間休みでずっと寝て過ごして体力を回復し
また仕事に行くという日々を2年間続けました。

有休も代休も使えず大学時代に出会った素晴らしい友達も
イラストやシナリオで知り合った人達とも疎遠になり
なんで自分はここにいるんだろうと思って過ごすようになりました。

足の底の皮膚が剥がれ落ちたり
休日に16時間眠り続けたり身体を壊しながらでも
心までは壊れなかったのですが

上司の収入を知った時
「え…店長代理になってもそんだけしかもらえないの?」
と初めて心が折れました。

正直ブラックすぎて覚えているのはこの会社辞めようと思って
”会社 辞め方” ”会社 上司に辞めるのを止められたら?”
のような検索ワードを調べ

上司に辞める意向を伝えた際
「お前?辞められると思ってんの?この状況で?」
とドラマにでも出てくるんじゃないかというセリフを
いただいたのしか覚えてないです。

28歳:学生に出戻り

2年の時を経て
なんとか会社を辞めることができました。

ですが
自分にはなにもないなと感じたのも事実
です。

インストラクターは資格がなくてもできる
自分が持っている資格で活かせそうなのは
色彩検定3級というしょぼいものでした。

どうしようかと悩んでいるときに
大学時代の教授にたまたま会うことになり
今どうしているのかという話になりました。

「前の仕事を辞めて今なにがしたいんだ?」
そう聞かれて
「自分が今なにがしたいのか全くわかりません。夢もありません。」
と伝えたところ
「じゃあ仕事をしていてお客さんのことで悩んだことはあるのか?」
と言われました。

悩んだこと?
と思い返してみると

『自分はもう歳だからジムまで歩いてくること自体がしんどくてもう辞めたい』

と言われることが多かったことを思い出しました。

そのことを伝えると
「お前マッサージ上手いしそういう人を元気にするような仕事はどうだ?開業するなら資金もだしてやるよ」

と冗談交じりで言われたのですが
よくよく考えてみると

・確かに自分に合っているのかもしれない
・アンチエイジングを元にいつまでも元気で
過ごしてもらえるのは嬉しいかもしれない

と考え
一番効果の高そうな鍼灸学科に行くことを決意しました。

専門学校~社会人2度目

久々に学生に戻り
自分のクラスは多種多様の職種・年代の人が
集まっていたこともありいろんな刺激を受けました。

楽しいけど勉強に死ぬほど追われ
実技に死ぬほど心が折られつつも
なんとか国家試験に合格し内定もいただきました。

一度会社を適当に選んだ結果ブラックだったので
今回はしっかりと選ぼうと思い

・技術の底上げをある程度受動態でも引き上げてくれる会社
・ある程度の実力をつけた後、自分の力を磨き上げるために能動態で提案できる会社
・院長という席につきやすい道筋が立っている会社
・グループ会社
・できれば土日祝、有休が使える会社

という条件で探した会社が
今勤める会社に行きあたりました。

3年目の夏までは院長不在の院で
自分がほぼ院長のような仕事をしているにもかかわらず
まったく院長という席に座ることができませんでした。

3年で院長になるという目標があったため
遅くなろうが仕事が膨大だろうが会社の言う通り働き
他から見たらブラックじゃんと言われても仕方なかったと思います。

ですが
1つ目の会社でとてつもないブラックだったのでホワイトに見えるくらい
働くことができました。

2年目の夏終わり
もっと上に行くために
マインドセットから勉強した方がいいけどどうしたら…と
悩んでいたところに

オーダースーツの女性社長の動画に出会いました。

最初はふーんと見ていただけなのですが
何度も拝見する機会が増え、次第に

マインドがとても勉強になる!
今の会社でも必要なものが多い!
この人の動画で勉強するだけでも素晴らしい!

と思っていたところに
その方の運営するオンラインサロンに入会募集の動画が流れてきました。

院長になるためというよりも
その先もずっと素晴らしい人生を歩むために勉強しよう!
と入会しました。

そのオンラインサロンでは、これからの社会で生き抜くために必要な、

「マインド」「マーケティング」「金融リテラシー」

主に3つの柱で、様々なことが学べます。
学んでいるうちにチャンスが訪れました。

”院長チャレンジ”

院長になるためにプレゼンをして
条件をクリアすれば院長になれる。

そう上司から伝えられたため
これは勉強の成果もでるかもしれないと
5か月間自分のことはおいておいて

院内の雰囲気をよくしたり
普段あまりやらない売り上げを重視して
予算を達成することに注力した結果

条件をクリア
したのです!

院長になれる!!来月から院長かなー?
と喜んでいたのもつかの間でした。

上司に
「君は院長にはなれません。」

え?なんで?という絶望と困惑とが入り混じりました。
理由をきけば

条件は達成した。
でも君個人の成績自体が良くない。
あとこれとあれと。

と後出しで条件をだしてきたのです。

いやいやいやいや
それは違うじゃないですか!
と抗議をしましたが結果はダメでした。

この結果を受け入れてからは
この会社にいてもニンジンをぶら下げられてずっと働かされるだけなのでは?
と考えるようになりました。

そもそも院長になりたかったのは自分が開業した際に

“ある程度の大きいグループ会社で元院長だった”

履歴を残したかったという理由が大きかったため
副業しながら集客して軌道に乗れば辞めればいいという結論に至りました。

ですが勤めている会社は
副業禁止の会社
だったため

隠れて副業してもよかったのですが
筋を通さなければ自分がイヤだったため
雇用形態を変えて勤めたいと3年目の秋に上司に伝えました。

あらゆる手段をつかって
正社員を辞めさせないように
面談を週に2回することになったり
期限を延ばされたりしました。

正社員期間が延びても
気持ちが変わらずお金を稼ぎたい!
そんな気持ちだけが募っていきました。

2023年の3月
正社員から雇用形態を変えるなら辞めてもらうけどいい?
と言われましたがそれでいいです。
と選択し2023年の6月までの契約で契約変更を認めていただきました。

そんな折
ずっと入会していたオンラインサロンから

webマーケティングの弟子を募集する

ことを知りました。

9ヶ月の間
雇用形態を変える変えないの押し問答に疲れていた自分は

雇用形態を変える!じゃなくて辞める!と言えないのか?


と考えた結果
お金がそもそもないからだ。
と感じました。webを学べば

webの力で集客し自分で開業することもできるし、自分をモデルケースに使えば同じ境遇の人を助けれるかもしれない

と感じました。
副業で稼ぐためのお金を稼ぐというよりも、

①webマーケティングの手法を使って鍼灸師としての集客もできる
②webマーケティング自体の収入も見込める
③自分をモデルケースにして、同じ境遇の人の手助けができるかもしれない

この3つを実現するために
webマーケティングを学ぶことを決意しました。

最後に

自分はこれからまずは1年間webマーケティングを基本から学び
自分が稼げることができ
人生を変えるることを証明していきます。

目標は以下のとおりです。

1年目:webマーケティングの手法を使い月収30万円を稼ぐ
2年目:月収100万円の収入を得る
3年目:独立したい整体師や治療家、セラピストを支援できるようになる

人生は有限です。

自分が会社に所属していてても開業するとしても
自由に選択して自分のやりたいことを思い切りやれるようにしていきましょう!

自分自身が実験台となりこのブログで目標を達成するまでの全過程を
隠すことなく全公開していきます。

一緒に未来を変えていきましょう!